赤チンは、
いつ消えた?
転んだ膝が真っ赤になった、あの時代。
実は令和まで作られていたことをご存じでしょうか。
調査基準日:2026年10月25日 / 国内製造終了:2020年12月
※ 赤チンの小瓶をイメージしたイラストです。実際の製品写真ではありません。
「赤チン」の国内での製造は、2020年12月に終了しました。最後のメーカーは三栄製薬。かつて家庭や学校の保健室で親しまれた赤い消毒薬は、昭和だけでなく平成を越えて、令和まで作られていたのです。
膝小僧の赤いしるし
子どもの頃、外で遊んで転び、擦りむいた膝に赤い薬を塗ってもらったことはありませんか。服や肌に色が残ることもあった、あの薬。通称「赤チン」です。
「チン」という名前からヨードチンキの仲間を思い浮かべるかもしれませんが、赤チンの正式名称はマーキュロクロム液。有効成分のメルブロミンは水銀を含む有機化合物です。
なぜあんなに身近だった?
日本では1939年に日本薬局方に収載されました。ヨードチンキに比べて傷にしみにくかったことなどから、家庭や学校で広く使われるようになりました。1960年代には国内で約100社が製造していたと伝えられています。
いつ、どうして姿を消した?
大きかったのは、代わりになる傷薬の普及と、水銀をめぐる環境規制です。1971年には無色透明の「マキロン」が発売され、傷の手当てに使われる製品も変わっていきました。
さらに、水銀に関する水俣条約を踏まえた規制により、水銀を含む一部製品の製造は2020年末を期限とすることになりました。国内最後の製造元だった三栄製薬は2020年12月24日に薬液を製造し、翌25日に包装工程を終えました。
「赤チンを塗ると必ず水銀中毒になるから禁止された」と単純に言い切るのは正確ではありません。製造工程での水銀問題や国際的な規制、代替製品の普及を分けて考える必要があります。
赤チンの小さな年表
- 日本薬局方にマーキュロクロム液が収載。
- 多くのメーカーが製造。家庭の傷薬として普及。
- 無色透明の消毒薬「マキロン」が発売。
- マーキュロクロム液が日本薬局方から削除。
- 国内最後のメーカーが製造を終了。
今は、傷に赤い薬を塗らないの?
傷の手当ての考え方も変わっています。日本創傷外科学会は、擦り傷や切り傷などの洗浄では水道水で洗うことが感染予防に有効で、消毒薬を洗浄に使うことは必ずしも必要ではないとしています。
ただし、深い傷、大量の出血、異物が残っている傷などは別です。この記事は医療上の個別判断を勧めるものではありません。気になる傷は医療機関に相談してください。
あの薬の名前は、今も記憶の中に
赤チンの国内製造が終わったのは2020年。昭和の象徴のように思えるものが、実はこんなに最近まで作られていたというのは意外ではないでしょうか。
当時の膝小僧の赤い色は、もう街で見かけないけれど、今でも記憶の中には残っているのかもしれません。
参考資料・出典
- 日本医薬情報センター『JAPIC NEWS』2022年8月号「くすりの散歩道 赤チン」 ― 製造終了日・収載年など
- 環境省 水銀に関する水俣条約対応検討小委員会 参考資料 ― 成分と制度背景
- 第一三共ヘルスケア「製品ヒストリー《マキロン》」 ― 1971年発売、当時の傷薬事情
- 日本創傷外科学会「急性創傷診療ガイドライン」 ― 傷の洗浄について
- 日刊スポーツ(2020年12月20日) ― 国内最後の製造元への取材